貴布禰神社【米子豊福神巡り】
米子豊福神巡り 7番目の神社でございます。
| 御祭神 | ・闇龗神(くらおかみのかみ) ・高龗神(たかおかみのかみ) ・船玉神(ふなたまのかみ) ・誉田別命(ほんだわけのみこと) ・宇賀魂神(うかのみたまのかみ) ・天照皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ) ・道真公(みちざねこう) ・大歳神(おおとしのかみ) ・大己貴命(おおなむちのみこと) |
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| 例祭 | 4月19日 |
アクセス
御朱印
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由来
創立年代不詳。鎌倉時代の初期、深田家初代信輝らが浜中の里(車尾の旧俗称)を開拓し始めた頃とされ、米子市車尾・海池(皆生)・上福原・中島の4ヶ村の総鎮守、氏神として厚く崇敬された。天文19年(1550)・元禄15年(1702)に、日野川の大氾濫があり、社殿などが流失したが、流失をまぬがれた古棟札「文禄4年(1595)9月」が現存する。
社伝によれば、後醍醐天皇が深田家に行幸の途中、当社に鞍を敷き、武運長久を願って参拝し、休息されたことから鞍敷神社と称されたといわれる。また、正慶年中(1332~1333)に流行した悪疫を日夜祈念して退散させたとされる。永正17年(1520)には戸上山城主久代氏による神田1町の寄進があった。



