天鼓山 昭蓮寺

尾張地方に伝わる、一木で四体の日蓮聖人を彫り出した、通称、尾張四高祖を安置する霊場です。

尾張四高祖安置の霊場

御本尊久遠実成本師釈迦牟尼仏十界大曼荼羅
創建寛文年中
開基了道法師
御詠歌雲晴れて
妙なる種をまき散らし
法の花咲く 春ぞ 楽しき
(妙戒院日行法尼)
ご利益どの様な困難にも
耐え忍ぶ事が出来る
精神を得られる功徳
 

アクセス

住所愛知県江南市木賀本郷町西152
交通名鉄犬山線・江南駅
又は布袋駅より徒歩15分
問合せ 0587-55-2404
24時間対応可能です

 

スマート御朱印・御詠歌

南無妙法蓮華経

 

由来

 当山は初め番神堂、次に祖師堂といいました。今を去る350年前、人皇112代、霊元天皇の御世、寛文年中に、勝山武兵衛というお方が「三十番神」を祭ったのが始りといわれております。
 古書には「三十番神之社ハ。法花屋布之内也。寛文年中二。勝山氏之武兵衛ト云者。本村従ヨリ。初メテ東ノ野ニ移ル。此ノ者日蓮之教ヲ信而社造リ。番神像ヲ安置ス。其後人多ク随而。遂ニ一里ト為ル之移ル。是レ法花屋布也。延享年中ニ。番神堂の社内ニ。艸堂ヲ建ル也。」とあります。
 但今、本堂の前にある石燈籠は、延享2年(1745)艸堂建立の時に立てたもので、今より268年前の事であります。
 
 延享2年10月25日、寺社奉行の高橋喜正氏の指令を得て、「番神堂」と公称しました。
 村人には番神宮と呼ばれ、五明村の神人間宮権太夫なる人が祭典を行っておりました。後に佛道に改まり、その檀徒の信仰は篤く、村の氏神の如く崇拝されました。
爾来、40余年の星霜を経て、天明4年(1784)に、堂宇が風雨のため大破。その後再建され100有余年がたった頃、時代は明治に移り、百物の革まる時、廃仏毀釈による神仏混交はしては成らないとの政府の趣意により、「祖師堂」と称するようになりました。

 明治24年、濃尾大震災により三十番神のお堂が倒壊しましたが、番神像は一体も、紛失も毀損もされなかった事は誠に不思議なことでありました。其の後明治42年に今のお堂が完成し、昭和17年3月31日に「昭蓮寺」と改め今に至っております。