稲荷山 長國寺

行基菩薩草創。西行法師が東北へ行脚の帰途、大井の里に滞在し、建久九年(1198)春に入寂。西行法師草創の寺として知られる曹洞宗寺院。

恵那三十三観音霊場(第4番札所)
中部四十九薬師霊場(番外)

御本尊釈迦牟尼佛
創建大宝2年(702)
開基根津甚平是行
御詠歌こゑなくば いかですぐさむ 長國寺
 まだ夜ふかきに なくほととぎす
 

アクセス

住所岐阜県恵那市大井町1246
交通JR中央線恵那駅より徒歩10分
問合せ 0573-25ー2275

 

スマート御朱印・御詠歌

大應殿

 

南無薬師如来

 

妊観音

 

由来

大宝2年(702)、行基菩薩自ら観音像を刻み観音堂を建立し安置された。長國寺の草創である。
 近くの古刹長興寺には聖徳太子御作の観音像が奉安されており、子供が授かることで有名で(妊観音ハラミカンノン)と呼ばれていた。文武天皇(在位697~707)には皇子が無かったが、妃が妊観音に祈願され豊桜彦尊(聖武天皇:在位724~748)を授かった。
 鎌倉時代に源頼朝の家臣、信州の郷士根津甚平是行も長興寺の妊観音に祈り一子を得た。時の住職円浄和尚にその謝礼を申し入れたところ、火災で荒廃している近くの長國寺(当時は大慈山長谷寺と称した)の復興が望ましいとのことで、早速甚平は天台宗の栄慶和尚を招き復興に当たった。栄慶和尚は稲荷を寺の守護神とし、長久国家を願い寺号を現在の稲荷山長國寺と改めた。また、同じく鎌倉時代の承久元年(1219)春、長興寺の妊観音は何者かに持ち去られ、以降行方がわかっていない。
 戦国時代の永正八年(1511)大井をはじめ近郷の神社仏閣は兵火により尽く焼き払われ、長國寺も伽藍すべて烏有に帰した。
 元亀三年(1572)春、曹洞宗の體巌雲恕大和尚を招いて開山とし、宿駅の東南に寺を建立し長國寺は再復興された。現在の場所に寺が移ったのは延宝年間(1673~1680)のことである。
 平成十年(1998)秋、開創1300年を記念し、長興寺の妊観世音菩薩を再祀。現・東京藝術大学の学長である日比野克彦氏が制作したガラス製の珍しい観音像で、子授けの霊験灼かな妊観音(波羅蜜観音)として親しまれている。

長國寺 全景 写真
長國寺 全景

長國寺 山門 写真
長國寺 山門

長國寺 本殿 写真
長國寺 本殿

長國寺 本殿正面写真
長國寺 本殿正面

長國寺 内陣 写真
長國寺 内陣

長國寺 観音堂 写真
長國寺 観音堂

長國寺 開山堂 写真
長國寺 開山堂

長國寺 本尊釈迦牟尼仏 写真
長國寺 本尊釈迦牟尼仏

長國寺 妊観音 写真
長國寺 妊観音